有田町
有田焼の陶器はすっきりスマートで高貴な感じがし、よく結婚式の器にも見られます。
有田焼は佐賀城主鍋島直茂が慶長三年(1598)に豊臣秀吉に従軍して朝鮮出陣した際に日本に連れてきた高麗の金ヶ江三兵衛が焼きはじめたそうです。
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有田焼の陶器はすっきりスマートで高貴な感じがし、よく結婚式の器にも見られます。
有田焼は佐賀城主鍋島直茂が慶長三年(1598)に豊臣秀吉に従軍して朝鮮出陣した際に日本に連れてきた高麗の金ヶ江三兵衛が焼きはじめたそうです。
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大熊記念館は大熊重信誕生125年を記念し建設され遺品・資料・を展示してあります。
平家物語で有名な俊寛僧都の墓が法勝寺にあり、治承4年3月23日没と刻まれ、近くに最後まで忠実に仕えた有王・亀王兄弟の塚もある。
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福岡県大牟田は昔、オオは大 ムタは湿地で大きな湿地、水田地帯であった。
今は大工業都市となったが過去となった三池炭坑は知らない人はない。
この地ではじめて石炭が発見されたのは文明元年(1469)といわれる。
全国的に愛唱されている北九州炭坑節の替え唄がある。
≪月が出た出た月が出た三池炭坑の上に出た≫
萩尾町諏訪川北岸の台地上に穴観音古墳・弁天山古墳とも呼ばれる萩ノ尾古墳
がある。横穴式石室の後室に装飾文様をもった墳径やく16mの円墳。
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北九州・小倉、まだOLだったころ、バトミントン大会で小倉へそして小倉城まわりを散歩した。
城跡の天守閣近くには森鴎外の小説≪独身≫の一節に
≪常盤橋のたもとに円い柱が立っている。これに広告を貼り付ける・・≫
とあるように広告塔をかたどった六角型の碑が建っていた。
手向山公園の延命寺山頂に≪宮本武蔵の碑≫があり千文字の碑文が刻まれていた。
作家・村上元三の≪小次郎の眉涼しけれつばくらめ≫の句碑があった。
小倉区を中心に付近の海岸は歌枕で名高い聞長浜(きくのながはま)
≪豊国の企救の浜辺のまなこづちまなほにしあらば何か嘆かむ≫万葉集 巻7
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大宰府天満宮
京都の北野天満宮・山口の防府天満宮とならび学問の神様
菅原道真が祭られている日本三大天神の一つです。
道真を慕って飛んできたという伝説の「飛び梅」をはじめ
境内に6000本の梅の木があります。
大野町の東、都府桜の北方にある四王寺山脈の山が≪大野山≫で
山上憶良が天智天皇三年、日本国防のために大宰府の前面に
築城された水城城から眺めて作った歌は有名。
≪大野山霧立ち渡るわが嘆くおきその風に霧立ち渡る≫万葉集 巻5
都府楼跡はかつて太宰府庁が置かれたところで
730年大伴旅人は官邸において≪梅の花の宴≫を開き、
万葉集巻五の梅花歌三十二首はこの時作られたもの。
唱歌≪菅公≫は作詞・大和田建樹 作曲・多梅椎
≪学者の家に身は出でて たちまち上る雲の上・・・≫道真をたたえる歌と
大宰府に流された菅原道真の無念の歌がある。
≪日かげさへぎるむら雲に 干すよしもなき濡衣を 身には著つれど 眞心の
あらはれずして止まめやと 神のまもりを頼みつつ 配所に行きし君あはれ≫
二日市の昔話
大宰府天満宮境内にある≪飛び梅≫と呼ばれる梅の大木は道真が時の権力者
藤原氏のざん言によって九州に左遷されるまでは京都の屋敷の庭にあったが
主人のあとを慕ってここまで飛んできたものと伝えられる。
道真は無念の怨みを抱いて59歳で亡くなったが、最後は病駆をおして天拝山の
頂上に立ち≪われ雷公と化し、藤原一味をとりころしてくれん≫と祈りながら天に
昇り、このあと京都を中心に三十年近くも不思議な事件が続いたといわれる。
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筥崎宮(はこざきぐう) 福岡県福岡市東区箱崎
宇佐・石清水とともに日本三大八幡宮の一つ。
境内の回遊式日本庭園・花庭園は1~2月に冬牡丹
4~5月は牡丹など四季折々の花が咲きます。
昔は多々羅川の河口港で神社南面が正門、東が四角な箱形の砂丘の岬
ここに応神天皇の胞衣を納めた筥を埋めた故に筥崎といわれている。
門司港の≪和布刈(めかり)神社≫庭前に≪高浜虚子の句碑≫がある。
≪夏潮の今退く平家亡ぶ時も≫
戸畑区の海はかつて飛幡の浦と呼ばれところで次の歌碑がある。
≪ほととぎす飛幡の浦にしく浪のしばし君を見むよしもがも≫
八幡は大蔵・尾倉・枝光の合併地名で尾倉八幡宮からの名
高炉台公園に≪北原白秋の詩碑≫が建つ。
≪山へ山へ八幡はのぼる はがねつむように家が建つ≫
遠賀川(おんががわ)河口の芦屋橋付近は昔≪岡の水門≫と言った。
筑前風土記に≪大船を容るに堪へたり≫とある。
宗像郡玄海町鐘崎の岬は昔、金の岬といわれ古代の海部郷。
玄海町田島宗像神社に歌碑がある。
≪ちはやぶる鐘の岬は過ぎぬとも吾は忘れじ志賀の皇神≫作者不明
≪大沙少彦名の神こそは 名づけ始めけめ 名のみを 名児山と負ひて
我が恋の 千重の一重も 慰めなくに≫
万葉集 巻6-963 大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)
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志賀島・海の中道は福岡市街から博多湾に伸びる細長い半島で
その先端に周囲わずか11kmの志賀島があります。
金印発見に由来する金印公園があり万葉集にも詠まれ
多数の万葉歌碑が立っています。
志賀島と相対する唐泊崎の南にある港が往古の韓泊(からとまり)で
韓国人の宿舎・韓亭のあったところ。 巻15 遺新羅使人 に
≪韓亭能古の浦波立たぬ日はあれども家に恋ひぬ日はなし≫とある。
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