札幌~小樽
北海道庁旧本庁舎・赤レンガ庁舎明治21年(1888)にアメリカ風のネオ・パロック様式で建てられ、赤レンガの愛称で親しまれています。明治時代を代表する建物とともに、緑豊かな庭はオアシスであり、北側には 開拓使本庁舎跡 を示す石碑もあります。
大通公園
テレビ塔を東端に東西約1.5kmに渡る大通公園は、明治4年火防線として設けられたのが始まりで、花壇や噴水・遊水路など、さっぽろ雪祭りの会場でもあります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
北海道庁旧本庁舎・赤レンガ庁舎明治21年(1888)にアメリカ風のネオ・パロック様式で建てられ、赤レンガの愛称で親しまれています。明治時代を代表する建物とともに、緑豊かな庭はオアシスであり、北側には 開拓使本庁舎跡 を示す石碑もあります。
大通公園
テレビ塔を東端に東西約1.5kmに渡る大通公園は、明治4年火防線として設けられたのが始まりで、花壇や噴水・遊水路など、さっぽろ雪祭りの会場でもあります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
五陵郭公園にある五陵郭は安政四年に造営され始め、徳川幕府が元治元年(1864)に建造した。いまも濠と石垣がのこる壮麗なたたずまいのなごりは当時の幕閣の蝦夷地の経営と防備への力の入れようがうかがわれる。
日本初の洋式城郭で輪郭が五陵形をなしている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
稚内はヤム・ワッカ・ナイつまり冷たい飲み水の川から唱歌に豪快な北海の漁を
うたいあげた 出船の港 の歌碑が利尻島沓形岬の突端に建ち、
日本最北端の島 礼文島を望んでいる
作詩・時雨音羽(しぐれおとわ)はこの島生まれ、
作曲は中山晋平。
・・どんとどんとどんと波乗り越えて・・・
利尻は稚内の西、日本海に浮かぶ島で向かいの礼文島と対で知られています。
通称 利尻富士 とも呼ばれる高い山が島の中心にあります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
日之出町、立待岬の東、大森海岸の啄木小公園に詩集を手に思いにしずむ啄木の像がある。函館山南東端立待岬の岩肌に与謝野鉄幹、晶子夫妻の歌碑がはめ込まれている。
浜菊を郁雨が引き立て根に添ふる立待岬の岩かげの土 鉄幹
啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじはこだてのこと 晶子
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
北見相生駅は付近の川に架橋された橋の名相生に北見をつけた。
北見相生の昔話
4990マリモで有名な阿寒湖は雄阿寒岳、雌阿寒岳の山ふところに
抱かれて青く澄んだ水をたたえている。
昔、湖畔にアイヌ老夫婦と娘が住んでいて、有力者との縁談があったが、
気がやさしくて頼もしく麦笛が上手な下男のマニベに想いを寄せて断り
続けていた。嫉妬に狂った有力者は山仕事から戻るマニベを待ち構え
刀を手に襲いかかり、もみあううちマニベは誤って相手を殺してしまう。
マニベは小舟で湖心へ向かいそのまま消息を断った。数日後娘も姿を消し、
部落の人々は二人は湖底で幸せに暮らしていると信じていると、どこから
ともなく麦笛が聞こえてき湖面に二つつながったマリモが浮かんでくるという。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
松前はマト・オマ・イで沢のある所です。
民謡には北海道追分と呼ばれるほど有名な≪松前江差追分≫
室町時代康正二年(1456)のコシャマイン乱をきっかけにアイヌと和人の抗争が
百七十年も続きそれを治めた武田慶広築城の日本では最北の松前城がある。
松前藩租武田信広が砂金、黄金の延棒を埋蔵したと伝えられのが松前城址と
千軒岳で明治維新前は石狩川上流川筋などいたるところに金があった。
それを信広がかき集めたものだから想像以上の莫大な量であったらしい。
これを二つに分け一つは勝山城付近の地下と千軒岳に一定の距離をおいて
東西南北四つの穴や洞窟に埋めたといわれる。
勝山城址の方はまだそのままらしいが、千軒岳の方はここに住むアイヌと
和人の夫婦が何度か砂金や延棒を函館に売りに来ているところから
一、二ヶ所発見され、持ち出されたのではないかとみられる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
登別はヌペル・ペツ(濃厚な川)の意味で登別川が白く濁っている。
登別の昔話
カルルス温泉はチェコスロバキアのカルルスバード温泉と
泉質が似ているのでこの名がある。
アイヌの若者アツケシは熊狩りが上手く口笛で鳥や獣たちと話せた。
春に牝鹿のような娘カルシと激しい恋をしたが、二人の間には五つの
山と一つの湖がある。
秋から冬になったが二人はアツケシの口笛を頼りに逢っていた。
激しい吹雪の夜、口笛は風にまぎれ娘はカルルスの湯の涌く谷間で
力尽き、たおれ捜し当てたどりついた若者と重なってその上に雪が降り
積もった。翌春人々はそこに人形を残して雪がとけているのを見い出し
それから見たことのない花が咲き、土地の人々はカルルスの花と言った。
天然記念物 登別原始林は地獄谷から大湯沼にいたる一帯の山地。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
札幌市 サリ・ポロ・ペツ(その葦原が広大の川)がサチポロペツに
さらにサチポロ~サッポロ(広い乾燥地帯)
サツ・ポロ・ヌプリ(乾燥山)からともいわれる。
作曲者・梁田貞の出身地で童謡
≪どんぐりころころ≫ 作詞 青木存義
≪お玉じゃくし≫ 作詞 吉丸一昌
その他≪城が島の雨≫ 作詞 北原白秋などあります。
天然記念物
藻岩山の北面に多数の広葉樹がみっせいしている藻岩山原始林
標高226mの円山を山麓から山頂まで原始林の円山原始林。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
小樽はオタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)から由来している、オタルナイ川のこと
富岡町旭展望台にプロレタリア作家の第一人者であった小林多喜二文学碑がある。
冬が近くなるとぼくはそのなつかしい国のことを考えて深い感動に捉えられている
そこには運河と倉庫と税関と桟橋がある そこでは人は重っ苦しい空の下を
どれも背をまげて歩いているぼくは何処を歩いていようが どの人をも知っている
赤い断層を処々に見せている階段のように山にせり上がっている街を
ぼくはどんなに愛しているか分からない
明治40年小樽日報の記者となった啄木の歌碑が小樽公園にある。
≪こころよく我にはたらく仕事あれそれを仕遂げて死なむと思う≫
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
斜里郡知床 ここはシャリすなわち葦の生えている湿地で音訳されたもの。
とても綺麗で美しいとくに今年の緑は濃くが感じられ映えてるようですね。
余市を思い出しました。
幸田露伴は明治17年から3年間電信技手として働いていました。
露伴の勤務跡であった浜中町に句碑があります。
≪塩鮭と磯と風吹く寒さかな≫
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
おすすめサイト | ウェブログ・ココログ関連 | オークション | ダイエット | パソコン・インターネット | パソコン・プリンター | 健康 | 兵庫・岡山・広島・山口 | 北海道 | 千葉・群馬・長野・岐阜 | 和歌山・三重・奈良・滋賀 | 大分・熊本・宮崎・鹿児島 | 大阪・京都・東京・埼玉 | 学問・資格 | 宮城・福島・茨城・栃木 | 平家物語 | 心と体 | 新潟・富山・石川・福井 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 書籍 | 書籍・雑誌 | 神奈川・山梨・静岡・愛知 | 福岡・佐賀・長崎 | 青森・秋田・岩手・山形 | 香川・愛媛・高知・徳島 | 鳥取・島根